発行冊子の紹介


第74号 2013年12月 発行

   目次  
【74巻頭言】                    半沢英一  
延喜式内社「奴奈川神社」のその後と再構成       内田正俊
方位論再考Ⅲ-畿内の場合と尾張氏論補遺        尾関 章
会員広場【小休止】
アンデス通信㉗                    市木尚利
書評 中村修著『海民と古代国家形成史論』       西川寿勝
早川二郎とその古代史                 山中光一
秦政明さんを偲ぶ                   蘆田東一
悲濤の人・福本正夫(3)               中村 修
   
【巻頭言】日本史を造った渡来民            半沢英一
 弘仁年間編集の『新撰姓氏録管』掲載1065氏族のうち、渡来氏族は325氏でほぼ30%を占める(関晃『帰化人』)。その中には百済滅亡(660)後に来た百済王氏などの著名氏族などもいるが、秦氏、東漢氏、西文氏、船・津・藤井氏などの著名氏族は6世紀にはすでに渡来していた。6世紀の渡来民の割合は、20世紀前半の植民地時代に日本に来た(来ざるを得なかった)「在日」の人々の父祖より、はるかに多かったと思われる。さらに、「在日」の父祖が社会底辺層におかれたのに対し、6世紀の渡来民が王権中枢のテクノクラートをなし、当時の学術・行政・建築・美術を担ったことは、資料上これを疑うことができない。
 先に私は蘇我物部戦争(587)を、前方後円墳による統合を停止し、仏教を指導理念として、国家形成を目指す動きと評価した(『天皇制以前の聖徳太子』)。『紀』は同戦争の蘇我氏側勢力として大伴、平群、阿倍など倭系大氏族しか挙げないが、秦河勝が厩戸皇子側近として参戦したこと(『上宮聖徳太子伝補欠記』)、同戦争後に東漢氏が蘇我氏の私兵として機能していること(『紀』)などから、私は蘇我物部戦争およびその後の社会改革(法興革命)の実働勢力とはこれら渡来系氏族だと思うようになった。私見の当否はともかく、歴史が単純なナショナリズムで把握できるようなしろものでないことだけは確実である。