発行冊子の紹介


第43号 2006年3月20日発行

  目次
【43巻頭言】
前方後円墳の神                   半沢英一   
神話の二元構造とヤマト王権             溝口睦子   
倭国君主号の変遷に関する考察            河越尚司   
―崇峻「大王」仏教倭王論―
【小休止】会員ひろば
西播磨千種川流域の古墳を見学して          河野宏文   
弥生王権のシナリオ(二)              山中光一   
―二世紀初頭の帥升から二世紀末の倭国大乱へ―
藤田友治氏を悼む                  いき一郎   
寺澤薫『王権誕生』を読む                     
長野 靖・小西寿一・河野宏文・金森邦夫
牧山宗刀・大谷幸一・森下のりこ・中井かをり
「京都」と「京師」(補)              下司和男   
「大津京駅」改名運動と歴史認識           櫻井信也   
17例目の低い石棚                 中村 修   
伊勢へ ―サルタヒコを探して―           重村英雄   
『日本書紀』神代の背景(一)            古澤 昭   
来信・編集後記                          
巻頭言前方後円墳の神                半沢英一
古代人が現代人に比べて抽象化の能力が劣り、その観念が素朴なものに限られていたとすることは、世界の考古学遺跡や遺物の実態に反している。例えば石器時代エーゲ海のキクラデス文明における大理石の抽象性は、いかなるモダンアートにも劣らない。日本でも、楯築弥生墳丘墓の弧帯文石、その文様を踏襲した特殊器台、特殊器台から発展した円筒埴輪などから、前方後円墳を創出した観念の抽象性が感知できる(近藤義郎『前方後円墳の起源を考える』など参照)。具体的な形象埴輪が盛行するのは、前方 後円墳時代も半ばすぎてからのことである。  日本列島広域において、同一形式の首長埋葬祭祀が行われた前方後円墳の背景に、何らかの「神」観念があったことは疑えない。そして弧帯文石や特殊器台や円筒埴輪の抽象性を考えれば、その「神」は当初高度の抽象性を持っていたはずであり、後世の『記』『紀』に描かれた「八百万の神」のような、具体的な神であったはずがない。  近年、溝口睦子氏は、アマテラスが天皇家によって王権の主神とされる以前に、タカ ミムスヒというより抽象性の高い神が主神だった様子があるとされた(『王権神話の二元構造』)。この瞠目すべき指摘により、(溝口先生自身の解釈とは違うが)「前方後 円墳の神」の名はタカミムスヒではなかったかという考えが、検討されるべきだと私は信じる。古代史における観念の問題は難しい。しかし学問的に確認される事実が増えてくると き、ほの見えてくるものがあるように私は感じられる。